| 年代 |
5-6世紀 | 13世紀末 | 14世紀末 | 1414年 | 1419年 | 1450年頃 | 1500年 | 1506年 | 1509年 | 1511年 | 1528年 | 1537年 | 1615年 | 1629年 | 1641年 | 1667年 | 1699年 | 1712年 | 1725年 | 1765年頃 | 1770年 | 1771年 | 1775年 | 1785年 | 1786年 | 1788年 | 1791年 | 1795年 | 1800年 | 1804年 | 1816年 | 1817年 | 1818年 | 1819年 | 1821年 |
1822年 | 1824年 | 1826年 | 1827年 | 1836年 | 1838年 | 1839年 | 1840年 | 1841年 | 1843年 | 1844年頃 | 1845年 | 1848年 | 1852年 | 1853年 | 1856年 | 1857年 | 1863年 | 1865年 | 1866年 | 1867年 | 1872年 | 1874年 | 1875年 | 1876年 | 1877年 | 1880年 | 1881年 | 1884年 | 1885年 | 1887年 | 1890年 | 1891年 | 1894年 | 1895年 | 1896年? | 1900年 | 1901年 | 1903年 | 1904年 | 1905年 | 1906年 | 1909年 | 1910年 | 1912年 | 1913年 | 1914年 | 1915年 | 1917年 | 1919年 | 1922年 | 1926年 | 1930年 | 1935年 | 1937年 | 1938年 | 1942年 | 1943年 | 1945年 | 1946年 | 1948年 | 1949年 | 1951年 | 1952年 | 1954年 | 1955年 | 1957年 | 1959年 | 1960年 | 1962年 | 1963年 | 1964年 | 1965年 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 狼牙修(ランセスカ)・丹丹(タンタン)等、マレー半島小国があいついで中国の南朝に入貢 | タイにマジャバイト朝成立 | マジャバイトの王族が現シンガポールに滞在し、マラッカに奠都 | マラッカ王国成立 |
マラッカ王、イスラム教に改宗 | マラッカ王イスカンダル・シャー、明に入貢し、タイの侵略を訴える | マラッカ、アユタヤ朝の支配から独立 | アチェー王国の建国 | イタリア人ヴァルテーマのマラッカ来航 | ポルトガル船初めてマラッカに来航 | ポルトガルのマラッカ占領、スルタンのマフムードはジョホールに奠都、ジョホール王国の始まり | マラッカ王マフムードの子、ムザッファルによりペラ王家成立 | アチェー、マラッカを攻撃 | ポルトガル軍、マラッカ海峡でオランダ軍に大敗 | アチェー王のイスカンダル・ムダ、マラッカの攻撃に失敗 | オランダ、マラッカを占領 | マラヤの錫、アムステルダムに出荷 | ジョホール王マフムードの暗殺により、マラッカ王国の王統は断絶し、ブンダハラ・アブドゥル・ジャリール即位 | ジョホール王位継承戦争が起こり、ブギス族の勢力拡大 | トレンガヌ王家の成立 | ブギス族のラジャ・ルム、スランゴール王家を創始 | ケダー内乱 | スマトラのミナンカバウ族の王族により、ヌグリースンビラン連合 | 王国創始 | ロン・ユースフがクランタン王家を創始 | ケダー王、タイに対抗するため、フランシス・ライトを通じ | イギリス東インド会社に援助要請 | フランシス・ライト、ペナン島の領有を宣言 | ケダー王、フランシス・ライトにペナンからの撤退を要求するが拒否される | ケダー王とフランシス・ライトの間に条約締結 | イギリス、マラッカを占領 | ヌグリーセンビラン、ジョホールの支配から独立 | イギリス東インド会社、ペナンの対岸を獲得 | スランゴール、ペラに侵入 | ペナン、フリースクール開校 | ケダー、タイの命によりペラを攻撃 | ペナン、タイとの貿易を開始 | ケダー、ペラを占領 | トゥンク・フセイン、ジョホール王となる | リゴール太守、ケダーを占領、王はペナンに亡命 | スランゴール、タイ軍をケダーから撃退 | 英蘭協定締結、ジョホール王国の分割 | ジョホールのブンダハラ、パハンの支配者となる | ヒュー・ロウ、ペラと条約締結 | マラッカ、ペナンを自由港とする | ペラ、イギリス東インド会社にパンコール島を割譲 | マラッカ、フリースクールを開校 | ブンゲラン・マフコタ、クチンを建設 | ブンゲラン・ウソップの乱勃発 | クランタン内乱 | ジェームス・ブルック、サラワクに到着 | ジェームス・ブルック、再度サラワクを訪問、ブンゲラン・ムダ・ハシムはブルックにサラワク内乱の鎮圧を要請 | ケダー王、タイと和睦 | ブルネイ、クチン地区をジェームス・ブルックに割譲し、白人王国 | の成立 | ジェームス・ブルック、ヘンリー・ケッペル大佐の協力を得てサリバス川流域を攻撃 | ボルネオ東岸、オランダ領になる | ブルック、ブルネイを攻撃し、シャリフ・ウスマン敗北、死亡 | ブルネイ、イギリスにラブアン島を割譲 | ラルトの錫鉱山の開発が始まり、中国人労働者の流入が始まる | ペナンで械闘頻発 | イギリス東インド会社解散、インド省が海峡植民地を直轄 | サラワクに華僑の械闘勃発、ブルックにより鎮圧 | パハン内乱 | オランダ、ボルネオのバンジャルマシンを占領 | ジェームス・ブルックス死去、チャールズ・ブルック、第2代白人王となる | アメリカ領事チャールズ・リー・モーシズ、北ボルネオをブルネイよ | り10ヵ年契約で租借 | 海峡植民地移管法案成立 | ペラ、スランゴール内乱 | スールー、北ボルネオの領有権を主張 | カウィ、サンダカンを建設 | イギリス、パンコール条約によりディンディンスを獲得 | ペラに理事官配置、スランゴールのスンゲイウジョン、イギリスの保護下に入り理事官配置 | ペラの理事官、バーチ暗殺 | マレー語新聞の発刊 | ヒュー・ロウ、ペラの理事官となる | ゴムの苗木がシンガポールにもたらされる | 錫鉱山に蒸気エンジン導入 | クアラ・ルンプール、スランゴールの理事官駐在地となる | デント商会とオーフェルべック、北ボルネオ問題を解決し、 | 「北ボルネオ会社」を設立 | イギリス、「北ボルネオ会社」に特許状を下付、初代総督にトリーチャー赴任 | スペイン、北ボルネオの領有権主張を撤回 | ジョホール-バル、王都となる | ジョホール王、イギリスと条約締結 | ペラに最初の鉄道開通 | パハン、イギリス駐在官を受け入れる | ブルネイ、北ボルネオ、白人王国ともにイギリス保護領となる | カンガニーシステムのインド人移民開始 | 白人王国、リンバン地区を領有 | パハンで反英蜂起 | ジョホール王アブー・バカル、憲法制定 | 北ボルネオでマットサレーの乱起こる | アブー・バカル死去、マレー連合州成立 | スランゴールでゴムプランテーション開始 | マレー連合州成立 | クチンに電話開通 | アーネスト・バーチ、北ボルネオ総督となる | サラワク最初の組織的中国人移民がシブに入植 | クランタン、イギリス人顧問を受け入れる | サラワクに最初の高等学校設立される | ケダー、イギリス人顧問を受け入れる | マレーカレッジ、エドワード7世医科学校開校 | イポーに最初のインド人協会成立 | クランタン、トレンガヌ、ケダー、ブルリス、イギリス保護領となる | クランタン、イギリス人顧問を受け入れる | マレー人行政官吏制度実施 | 北ボルネオ産ゴムの輸出開始 | 北ボルネオ、立法会議設立 | サラワクに病院設立 | 第1次世界大戦により食糧危機 | カウィ、北ボルネオ会社総裁を辞任、リッジウェイ総裁に就任 | チャールズ・ブルック死去、息子のヴァイナー・ブルックが即位 | トレンガヌ、イギリス人顧問を受け入れる | 北ボルネオ、イナゴ大発生 | ペラにスルタンイドリース師範学校開校 | リッジウェイ、北ボルネオ会社総裁を辞任、二ール・マルコム総裁となる | 中国人労働者の移民制限、マラヤ共産党結成 | 北ボルネオ、4都に分割、行政官会議設立 | マラヤ・インド人中央協会結成 | マレー青年連盟結成 | 日本軍、マレー半島・シンガポール占領 | 日本軍、華人に対し強制献金賦課 | 日本軍、北ボルネオ・ブルネイ・白人王国を占領 | 日本、マレー半島北部4州をタイに割譲 | タイ、4州を返還 | イギリス特使、マレーを訪問 | オーストラリア第9師団、北ボルネオに進駐 | アンソニー・ブルック、皇太子に復位し、サラワク臨時政府代表となる | ダト・オン・ビン・ジャアファル、半島マレー人運動を組織 | マラヤ・マレー人会議開催、UMNO結成、「マラヤ連合」発足 | 北ボルネオ、サラワクともに英直轄領となる、白人王国の終焉 | マラヤ・インド人会議(MIC)結成 | マラヤ連邦発足 | マラヤ共産党の武装蜂起により非常事態宣言 | マラヤ中国人協会(MCA)結成 | ダト・オン、UMNOを脱退しマヤラ独立党(IMP)を結成 | トゥンク・アブドゥル・ラーマンがUMNOの指導者となる | ペナンでマラヤ初の選挙行われる | UMNOとMCA間の連合結成 | MIC、UMNO・MCA連合に参加、連盟党成立 | マラヤ総選挙で連盟党大勝、アブドゥル・ラーマン首相となる | バリン会議でマラヤ共産党のチンペン、妥協を拒否 | マラヤ連邦完全独立(8.31)、市民権法施行 | ラーマン首相辞任、ラザク首相となる | シンガポール自治国成立、リー・クアンユー、PAP内閣を組織 | ラーマン内閣成立 | 非常事態解除、ラーマン首相マレーシア構想を発表 | ラーマン、リー両首相、合同に原則として合意 | フィリピン、北ボルネオの領有権主張、サラワク連合成立 | ブルネイで反乱 | スカルノ、ブルネイ独立闘争を支持 | マレーシア連邦結成、ブルネイ参加を見合す | 西マレーシアで総選挙、連盟党圧勝 | マレーシア全土に非常事態宣言、サラワクで反マレーシア運動 | シンガポール、マレーシアから分離独立 | |||
| その頃、日本では・・・ | 聖徳太子が摂政に | 南北朝の統一 | 太田道灌、江戸城を築く | ザビエル、日本訪問(49年) | 大阪夏の陣 | 長崎出島の建設(36年) | 鎖国の完成(39年) | 元禄時代の始まり(88年) | 享保の改革(16年) | 田沼時代(72年) | 寛政の改革(87年) | 「蘭学事始」出版(15年) | 外国船打払令(25年) | シーボルト事件(28年) | 天保の改革 | 太平天国の乱(50年) | 黒船、浦賀に来航 | 安政の大獄(59年) | 桜田門外の変(60年) | 大政奉還(67年)、明治維新(68年) | 廃藩置県(71年) | 江華島条約 | 西南の役 | 大日本帝国憲法発令(89年) | 日清戦争 | 下関条約、三国干渉 | 日英同盟(02年) | 日露戦争 | ポーツマス条約 | 日韓併合 | 大正天皇即位 | シベリア出兵(18年) | 関東大震災(23年) | 今上天皇即位 | 金融恐慌(27年) | 2.26事件(36年) | 日華事変勃発 | 太平洋戦争勃発(41年) | 敗戦、ポスダム宣言、国連成立 | 日本国憲法公布 | サンフランシスコ講和条約 | 国連加盟(56年) | 日米安保条約 | 貿易自由化 | 東京オリンピック、新幹線開通 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||